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乳腺症について

乳腺症は乳癌になるか

乳癌の検診あるいは乳腺外来を受診したときに、「乳腺症です」といわれた人は多いことでしょう。「乳腺症」という病名は、検診の場や外来で頻繁に使用されます。ところが医師はこの病気について充分な説明をしていないことも多いようですし、説明してもその内容は、医師によってまちまちというのが実状です。いったい乳腺症とはどんな病気なのでしょうか。また、乳癌との関係はあるのでしょうか。

●曖昧な病名

「乳腺」は母乳を作り分泌する働きをする臓器の名称です。通常耳にする病名は、炎症があれば乳腺炎、胃炎、肺炎といい、腫瘍があれば乳腺腫瘍、皮膚腫瘍などというように、原因や状態を表す言葉を組合わせて、なんとなく病気のイメージが浮かんでくるような仕組みになっています。

ところが「乳腺症」という病名は、単に「乳腺」という臓器の名前の後に、疾病という意味の「症」という言葉がついているだけで、具体的に病気をイメージする言葉がありません。英語の病名もMasto(乳腺)-pathy(病気)といいます。こんな病名は他にはちょっと見当たりませんし、この病名からは、乳腺に何か病気があるらしいということは感じられますが、どんな病気があるのかということはさっぱり伝わって来ません。この曖昧な病名が、ますますこの病気を分かりにくくし、いだずらに不安をかきたてているように思われます。どうしてこんな分かりにくい病名がついているのでしょうか。実は乳腺症というのは、乳腺におこるいくつもの変化や状態に対して総括的につけられた病名なのです。乳腺に正常とは違った変化が見られますよ、という意味なのです。しかし乳腺炎や乳癌などの独立した、明らかな疾患はその中に含まれません。ではどんな病変が乳腺症の中に含まれ、何故それらはひとまとめにされているのでしょうか。

●女性ホルモンと関係が深い

乳腺症は性ホルモンの働きと、その影響によって乳腺に生じる生理的変化に密接な関連があります。そこでこの病気について述べる前に乳腺の構造と機能について簡単にふれておきます。乳腺の構造は、血液から母乳を抽出する腺房という部分、乳汁を乳頭まで誘導する乳管、これらの構造を支える間質から成り立っています。

乳腺は子宮と同様に生殖器官のひとつですから、性ホルモンの影響を強く受けています。思春期になると卵巣機能の発達とともに乳腺が発育してきて、その頃には初潮も始まります。その後閉経までの期問、排卵を境に卵胞期と黄体期が交互に現われます。子宮では卵巣からの女性ホルモンの分泌の増加に伴って、内膜が肥厚・増殖し、妊娠の準備に入りますが、妊娠が成立しないとこのホルモンは低下し、内膜の剥離、すなわち月経が始まることはよく知られています。

この卵巣からのホルモンは、実は乳腺にも作用し、乳腺も授乳の準備を始めるのです。卵巣からのホルモン分泌が増加し、子宮内膜の増殖する時期に呼応し、乳腺も木の葉が生い茂るように、腺房や乳管が肥厚・拡張・増殖し、問質も充血状態となり、月経直前には乳房は平常時の30〜40%も容積を増やすといわれています。こうした乳房の変化を、乳房の痛みや緊満感として自覚する人が多く見られ、月経前緊張症と表現することがあります。乳腺は月経周期に伴い、このような少なからぬ機能的・構造的変化を繰り返しており、妊娠や授乳によってその変化はさらに大きなものとなります。

●さまざまな症状がある

性周期や妊娠・授乳に伴う変化は、必ずしも毎回乳腺全体に均一におこり、完全に元に戻るとは限りません。部分的に強く変化が起きる、あるいは元に戻りきらない個所ができるなど、部位によって異なった反応がおきることがあります。

こうしたことが毎月おきるわけですから、それが積み重なっていくうちに、乳腺の中にさまざまな病変を残してしまう可能性があります。こうした変化は、時には痛みを感じたり、しこりのように触れたり、乳頭からの分泌物として気づいて自覚することがあり、乳腺のレントゲン検査や超音波検査などで医師が発見することもあります。乳腺の一部を採って顕徴鏡で検査してみると、さまざまな変化が見られ、それぞれに異なった病名がつけられています。よく見られる病変は、液体が詰まった袋状の嚢胞、乳管の細胞が増殖し乳頭から分泌液が出てくる乳管乳頭腫、汗腺によく似た変化であるアポクリン化生などがあり、他にも細かく分類すると10種類以上もの病名になるほどですが、いずれも先程述べた性周期に伴う女性ホルモンによる影響が原因と考えられるため、これらをまとめて乳腺症という病名で表現しているのです。

たとえば大きな嚢胞が一個だけなら病名はそのまま嚢胞となり、数個なら嚢胞症、小さなものが沢山あったり、他の病名も加わっていれば乳腺症と診断することになります。性周期によって変化するホルモンの作用が原因であれば、成人女性なら誰もがこの病気に罹る可能性があるわけで、実際にほとんどの女性の乳腺に何らかの病変が見られるといわれています。そうなるとその変化の量がどこまでなら正常で、どのくらいから病気として扱うかという程度の問題となってきますが、この判断の基準は明確になっていません。ガン細胞が、一個でも見つかれば乳癌と診断がつくのとは大きな違いです。

最近では、乳腺症を病気として扱わずに、生理的なもの(乳腺組織の発達および退縮の正常な生理過程か、またはそれからの逸脱)と考えるようになってきました。将来的には、乳腺症という病名は使われなくなる可能性があると思います。

●乳腺症は乳癌と関係ない

乳癌で切除した乳腺に、しばしば乳腺症が見られることから、乳腺症が乳癌に進んでいくのではないかといわれていたことがありましたが、現荘では乳癌が乳腺症から発生するという考えは、ほぼ否定されています。乳腺症だからといって、とくに乳癌になりやすいわけではないということです。

乳癌も乳腺の細胞から発生するわけですが、それは乳腺症の有無にかかわらず発生します。ですから、医師から乳腺症と診断されたからといって、心配したり不安に感じる必要はありませんが、今後も乳癌にはならないと保証されたわけではありませんので、乳房の検診は引き続き行うようにしてください。

●乳癌と同じ検査をする

乳腺に痛みを感じたり、しこりを発見したり、乳頭から分泌液が出てきたりすると、乳癌ではないかと心配になります。これらの症状は、乳癌にも見られる症状なので、医師のほうもまず乳癌を疑うことから診察を始めます。各種の検査によって乳癌や線維腺腫などの疾患を除外して、なおかつ正常乳腺とは異なる所見を認める場合に乳腺症の診断しているのが実情です。すなわち、乳腺症の診断は除外診断(消去法)であって、乳癌の診断手順をそのまま行います。要は、いかに乳癌を見落とさず、いかに区別するかということです。医師は問診、視診、触診などを行ってある程度の見当をつけ、癌の可能性がある場合はもちろんのこと、疑わしい所見が少しでもあれば更にレントゲン検査、超音波検査などを行います。この時点でかなり診断が絞られてくるので、細胞検査を行うまでもなく、癌の可能性がほとんど無いと判断した場合は、乳腺症と診断することになります。それでもなお心配が残るときは、細胞診や組織診を行って診断を確定します。ここまで行わないと区別がつかないほど癌と紛らわしい乳腺症があることも事実です。

●治療は経過観察で

乳腺症と診断されれば、原則として経過観察でよく、多くの場合、治療の必要はありません。痛みなどは、癌でないと説明を受けただけで気にならなくなってしまう人も多いようです。痛みが強く、患者さんが痛みを除いてほしいと希望する場合は、乳腺に作用するホルモンをブロックする薬剤を使用します。痛みに対しては比較的よく効きます。

●自己検診は忘れずに(乳癌を早く見つけるために)

さきにも述べたように乳腺症はその概念が必ずしも明確でない部分があり、医師の問にも解釈に差異がある疾患です。そのため、診療の場において、その診断名がやや安易に使用され、さまざまな説明が行われており、患者さんに不要な混乱と不安を与えてきたきらいがあります。ある医師が「乳腺症です」と診断し、別の医師が「異常ありません」と診断したときに、どちらが正しいんだろうと悩まないで下さい。一方が「癌」と診断し、別の医師が「乳腺症」と診断した場合はもちろんどちらかが間違っています。

乳腺症と診断された場合、どのような根拠で診断し、この病名を使用しているのか、納得のいくまで医師に説明を受けて下さい。医療の場における主人公は医師ではなく患者なのですから。時には患者さんの乳癌に対する注意を喚起する目的で、この病名を使用することもあるようです。(異常なしと診断すると患者さんは安心して自分の乳房の変化に無関心になってしまうので、乳腺症ですと言うとちょっとは心配して注意してくれるかなという気持ちから...)ところで、ほとんどの乳癌は自分で気をつけていれば早期に発見することができるし、早期に治療すれば、乳房を切除しなくても治すことができます。

入浴の際に乳房を石けんのついた手で直接洗う習慣をつけるだけでも発見できるのです。ただし、しこりなどの異常を感じたら、せっかく気づいた早期乳癌を手遅れにしないためにも、ためらわずに必ず専門医の診察を受けてください。治療が可能な一方で、発見が遅れたために乳癌で死亡する人も後を断ちません。最近は、乳癌の発生数が増加しており、日本女性の30人に1人は乳癌にかかると言われています。乳腺症と診断された人はもちろん、異常のない人も、是非継続して自己検診を行ってください。患者さんは私たち医師が気づかないような小さなしこりも見つけてくるほど、自分の体を自分で調べる自己検診は有効なのです。